名古屋の経営コンサルタント レイマック

豊田礼人ブログ「シンプルなことの繰り返し」

2009/09/08

「人殺しの機械に乗る覚悟はあるか?」

9月15日発行予定のレイマックプレスは、宇宙機開発のPDエアロスペースの緒川社長のインタビュー記事を掲載します。

人なし金なし技術なし、の緒川社長が、どんな経緯で大学や企業と共同開発体を組むまで同社を成長させたのか。その秘密に迫りました。

このブログでは、そのインタビューの一部をご紹介いたします。

・・・・・・・・・・・・

―小さい頃はどんな子供だったんですか?
パ イロットになりたい子供でした。それも戦闘機の(笑)。ずーっと、パイロットパイロットパイロット、戦闘機戦闘機戦闘機、って言っている子供でしたね。父 親が「町の発明家」みたいな人で、おもちゃや産業機器などの発明をやりながら半分趣味、半分仕事みたいな形でパルスジェットという技術を個人で研究してい る人だったんです。もう50年もやっています。今も現役で研究してます。僕は5人兄弟の2番目で、僕だけが父の理系の血を引いたみたいです。

―進学もパイロットを目指す方向で?
そ うです。そのために英語を勉強しなくちゃ、体力もつけなくちゃとか、そんなことばっかり考えていました(笑)。自衛隊の戦闘機パイロットになりたくて、自 衛隊付属の高校を受けたんですが落ちました。しょうがないから普通の高校に行って、その後パイロット専門の養成学校と防衛大学を受けたんですが、これまた 2つとも落ちまして。もともと視力がギリギリだったのと、面接時に現役パイロットである面接官の「きみ、これから人殺しの機械に乗ろうとしているんだけ ど、どう思う?」という質問に答えられなかったのが落ちた理由かなと思っています。今なら適切な答えが言えるかもしれませんが、当時は返せなかった。面接 官に「きみは民間向きだね」と言われました。

―カッコイイだけじゃダメということですね。
そうです。そんな甘っちょろい世界じゃ ないんだよということなんですね。衝撃的な面接でした。それで戦闘機はあきらめて、民間の航空機のパイロットを目指すことにしました。当時民間のパイロッ トが不足していて、JALやANAなどの航空会社が自社養成していたんです。そのコースで入社するためには6次まで試験があって、僕は4次か5次で落ちま した。でもあきらめられないので、大学卒業後も長距離トラックの運転手をしながら勉強して、宮崎県にある航空大学への入学を目指したんです。

―粘りますね。
はい(笑)。その宮崎の航空大学に入るためには3次試験まであって、僕は1次の学科試験、2次の身体測定は通ったんです。3次試験は、実際に飛行機を操縦するんです。教官を横に乗せて空を飛ぶんです。全3日間です。

―え!?もう飛ぶんですか?
飛ぶんです(笑)。ちょっとしたレクチャー後、すぐに飛ぶんです。

―で、どうなったんですか?(ワクワク)

・・・・・・申し訳ないですが、ブログでご紹介できるのはここまで。

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